最初から目指していた場所へと。(対談前編)

最終更新: 2020年10月13日

10人と話す、10年。1人目は進学塾仙台あおば学舎社会福祉法人あおば厚生福祉会、仙台市認可保育所 富沢みなみ保育園鹿野なないろ保育園榴岡なないろ保育園を経営する 佐藤 篤 社長との対談です。対談場所は、佐藤社長がよくお食事するという大人の隠れ家 百目木さんで10年前の懐かしいお話とこれからのお話をさせていただきました。



10年前、起業はたむさんと同じ時期でしたね。


田村 今回はお時間とっていただきありがとうございます。佐藤社長の事業の広告をかれこれ10年作らせていただいていますが、こうやって二人でお話しするのは久しぶりですよね〜


佐藤 そうですね、10年前は進学塾の経営だけでしたが、今は社会福祉法人や保育園なども運営してますので、たむさんとこうやって話すの久しぶりっスよね。


田村 そうなんですよ、たむさんって呼ばれるのも久しぶりです。佐藤社長以外でたむさんって呼ぶ人いないので、久しぶりに呼ばれると嬉しいですね♪


佐藤 進学塾仙台あおば学舎が今年10周年ってことは、たむさんの会社も10年なんですよね。先にうちの10周年広告制作してもらいましたが♪


田村 です、10年経ちましたね〜お互い。でも佐藤社長が起業する以前から佐藤社長にはお会いしてましたね。だからかれこれ知り合ってからは15年?くらいでしょうかね。今でも覚えてますよ初めて以前の職場でお会いした時、僕が当時アニメのガンツのTシャツ着て、短パンで会社にお邪魔して。アニメTシャツに短パンとか今は考えられませんがね♪でもその時、あのガンツのTシャツ着てる人、気になるわ〜って言われて。へ〜この方アニメに興味もあるんだ〜って僕も興味湧いて。だってアニメTシャツっていっても、ガンツの黒い球が胸元にプリントされてるだけのデザインだったからよく分かったなと。ところが今気づいたのですが、またTシャツで来てしまいました...アニメTではないですが。



起業時は、数日で白髪になっててびっくりでしたよ。


田村 起業する時によくウチの事務所に遊びに来てくれてましたよね。なんかジェラルミンケースにとんでもない量の書類を入れて。目キラキラさせて塾の開校のために一人で走り回ってて、あれが大変これが大変と色んな書類を見せられましたが、正直なんの書類かさえ分かりませんでしたよ。ただ当時心配だったのは急に白髪が増えたこと。だってまだ佐藤社長20代でしたからね。よく恐怖で一夜にして白髪に!とかドラマや映画では聞きますが、ほんとに数日でメキメキと白髪化していくから心配でしたよ。


佐藤 いや〜今考えてもやっぱり大変でしたね確かに。ほんと走り回ってましたね。塾を建てる土地探したり、教室を開校する物件を探したりととにかく寝ないで働きました。だから朝方によくたむさんに電話しましたよね〜状況説明とか、寝れなくてさ〜って。今思えばどこから湧いてきてた力なんでしょうかね。とにかく先を見て走ってたので、目先の辛さ気にならなかったのかもしれませんね。塾の開校の後は保育園や社会福祉法人も視野に入れての起業でしたから。人の人生と並走をした事業を!と考えていたので。


田村 で、実際に10年で進学塾、保育園、社会福祉法人と当時の目標を本当に達成してしまったのですから、大した人だ〜という感想ですほんと凄い。


佐藤 最初はたむさんと広告作ってるのが楽しかったですが、だんだんと社員の皆さんに広告のことなど託していけるものは託していかないとここまで自分の夢に近づくことできなかったと思います。それでなかなか最近たむさんとも話す機会が減ってしまいましたけどね。


田村 まーそれは当然というか仕方ないですよ〜と言いながらも、僕は佐藤社長が広告案を見て飛び上がって喜ぶのを目標に制作してましたからだんだんお会い出来る時間少なくなってきてちょっと寂しい気持ちもありましたけどね♪当時は佐藤社長と二人で広告作ってる感じがたまらなく好きでしたし、楽しかった。夜中や朝方も、あーでもないこーでもないとやってましたしね。



僕そういえば、最初は広告作るの断ってましたね。


田村 気がつけば10年も佐藤社長の会社の広告を制作させていただいてますが、最初は広告作るの断ってましたよね僕。できれば佐藤社長とはお友達としてのスタンスのままだけでいたかったので。お願いされたのに断ってしまってましたね。開校時の広告のプランだけはお渡しして、2年近くは制作にはまったくノータッチでしたねそういえば。


佐藤 そうそう!断られました。たむさん頑固だからね〜。一度言い出すと曲げないから。何回かお願いしたのにヤダヤダって言って。でも会議とかだけは出てくれてましたよね。プラン説明とかはしてくれたし。もう一度たむさんと仕事できるようになったキッカケは、悲しいですが昨年他界してしまったユーメディアの大久保さんとの出会いでしたね。たむさんを説得してくれて、また一緒にお仕事するようになって。大久保さんとたむさんと3人で呑んだりもしてましたね〜そうそう大久保さんといえばバイク好きで、それで僕も大型免許取得しました。いつかツーリング行きましょう!って約束してたのですが約束守れなかった。それが心残りです。


田村 基本スペックが佐藤社長は優しい。なんかしてあげるとかの優しさではなくて、なんていうか人が好きというか。僕がこの10年でそんな佐藤社長から言われた言葉で一番嬉しかったのは、この人ロマンチックだから。という言葉です。男性から言われる言葉ではなさそうだけど、なんていうか人の気持ちを大切にしてくれるというか。とにかく優しい人なんだろうな。だから人の何倍も色々抱え込んで苦労もするんだろうなと思いましたし。最近では言葉も優しくなったみたいだけど、起業時の言葉が厳しい時からもそう思ってましたよ。厳しいからこそ優しい人。そういう人が人を引っ張っていける人なんでしょうね。



佐藤 とにかく、たむさんとは起業という一番激動の時を過ごしたってことですね。起業した途端に東日本大震災はくるわ、大雨で教室の一階の床まで水が入ってくるわで。乗り越えた今は思い出話として笑って話せますが、当時はほんと笑えなかった。開校したばかりでの震災はほんと大変だったし、だからこそ今の新型コロナウイルスも当時を思い出す。でも、震災などを乗り越えたという自信が負けずに頑張れる理由にもなってる。今年の春に起業したり、開店したりした経営者の皆さんの大変な気持ちもわかる。でも頑張らないとね。こうやっていつか思い出話みたいに話せる時もくるんだから。僕の関わる仕事は、人と人が必ず顔を合わせコミュニケーションをとる事業。塾も、保育園も、社会福祉法人もご家族の大切な方々をお預かりする事業です。時代的に事業がデジタルや通信事業へと急速に加速しても、人が人の手を取り合うことを基本としている仕事です。もちろん通信などの便利な部分は活用しますが、人が人として直接接することで行えるサービスをこれからも大切にするためにも新型コロナウイルスへの対策をさらに考えていかなくてはなりませんね。大変ですけどまた乗り越えますよ。



ということで前編は佐藤社長との懐かしいお話しでした、次回後編は佐藤社長が今後考えていることや、10年で変わったことなどをお聞きしてます。

Photo/磯崎 亮 文/田村 晋




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